Open Enduro

数回前でしたか?

I.T.D.E.の話を少ししました。するとほぼ時を同じくしてトシさんも同じような話をFBに乗せていました。

トシさんとは今でも週に二度ほど電話で話をする。ほとんどは他愛のない話に終始しますが、時にまじめな話になるのは共通のレースの話。ま、彼とは数えきれない位国内外のレースに参戦しましたから話題も尽きない。

 

そんなトシさんが始めた。と、いうか広めた、紹介された日本のエンデューロ・レースですがその中に忘れてはならないイベントがある。

その一つが“中トン”と言われた北緯45度の街、中頓別町にて開催された“one day enduro”の草分け的イベント。

 

コースの面白さは国内指折りと評価されたこのレースは1989年に初開催。

当時の主催者のK氏から「参加してよ」ってリクエストを頂いて急遽当時のお店のお客さん10名ほどで参加させていただいた。

その時はone day か?って、感じであまり興味がわかなかった。ですが参加してびっくり。

コースは愉しいし、濃いし何より手軽で言う事なしでした。

 

主催のK氏はI.T.D.E.にてエンデューロに魅了された一人。

それが「おらが街にも」って事だと思うが街を上げて開催してくれた。

 

当時道内では日高、洞爺、当麻といった2daysイベントが多く開催されていた。

この中トンのOne day enduro後、Open Enduroと称されるようになった。

その最初のイベント。

今思えば実に日本らしいと言うか?日本ならではのエンデューロと評価されるべきイベントだと思う。

 

距離は50㎞を3周。

エンデューロと言うならちょっと短く、もう一周欲しいところだがコースが面白いので走りごたえはありました。

って、いうかコース・デザインがとても素晴らしくてまさにオフロード・ライディングが大好きな人が造ったコースといえた。

 

よく覚えているのは初開催の89年。

参加定員は150名と言う事でした。当初あまり興味がなかったので、エントリーは見合わせていたのですが主催さんより依頼されてゼッケンは158だったか153だったと思う。

余談

K氏がKTMユーザーの為か?当時KTM ユーザー仲間のお店だった当店に参加してって話からでしょう、多分。正直経緯は忘却の彼方です。

 

記憶に残っている理由は?

2ラップまでは先頭だったから。そう数少ない?優勝チャンスだった。しかもは初レースでの。

最後尾スタートでありながら一ラップで百台以上抜けた理由はコース後半の数百メーターにわたるスタック地獄。(このスタック・エリアが中トンを有名にしたのも事実)

 

多くのライダーがマシンを止めていたその脇を2速全開で縫うように走り抜ける事に成功。

2ラップに入るピットにて先に2ラップ目に入ったのは2台との事を知らされた。で、3ラップ目は先頭で入ったって話だった。(ピットの話ですが)

 

その最終ラップに悲劇が起こった。

例のスタック・エリアにはレース後半に至ってもライダーが沢山。

彼らを気持ちよく交わしながらスタック・エリアに最後の登りにアプローチ。しかし、なんとその私の走行ライン上に人がいきなり立ちはだかった!

仕方なくマシンを止めると、順番を待て!と言う怒号。

無視してアクセルを開けるがディープ・マディー故に一端勢いを失ったマシンは進まない。

まして登り。

降りて押すと「排除」と言う掛け声とともに私のマシンの横に他のマシンをねじ込んできた。

 

全く進むことが出来なくなる。でも、時間はかかったが何とか、抜ける事に成功。

その間、それまで抜いてきたライダーにパスされて最終的に10位?だった。と、思うがかろうじて入賞。そのトップ10の半分はお店のお客さんだった。

若かったので正直かかなり頭にきたが、終わった事を言っても始まらない。

余談

ガルル誌にその顛末を見ていた人によってその現場での出来事が投稿。その確認に電話が来てびっくり。と、言う事もあって特に印象が強い。

当時はまだ外車はいじめられました!特にKTMは。

余談

この時は89KTM125にて参加。

 

この最後の長い、長いスタック・エリアが有名だが他のコースもおもしろさ満載。また、毎年コース・レイアウトも変更になり愉しさは変わらないどころか開催を重ねる度に変化、それぞれがとても愉しかった記憶があります。

余談

コース要所、要所にスパイスが効いているんです。走るだけなら特別難しくはないはまとめたり、上手く、速く走るにはそれなりの経験が必要になるようツボが抑えられた感じと言うか。

だらだらしていないというか。

 

日高の一月前と言う事で「日高の前哨戦」とか「日高の練習」なんて言われてもいましたが、オフロード・ランを愉しめるコースと言うなら「中トン」が一番。それについては異論を唱える方はいないでしょう。

余談

当時の日高は時にストイックすぎる。と、思わなくもない。ま、それが日高だったのですが。

 

私は96年を最後に国内レースは引退しましたが、もし中トンが開催されるなら今一度走ってみたいイベントの一つです。

 

他にも興部(おこっぺ)、津別と言った愉しいコース、誰もが愉しめるコースを持つone day エンデューロが北海道にはありました。

半面、タイム管理(リザルト)がいい加減で参加者の満足が得られないからか?直ぐに無くなったイベントも時にありましたが北海道の5月から11月までは毎月のように各地でレースが開催された。

まさしく80年代中盤から90年代は日本のOpen Enduroの最盛期と言えたでしょう。

 

終わった時代を懐かしんでも仕方ないですが、今は愉しそうなイベント、ライダーの為のイベントが見当たらない気がします。ちょっと考えなければなりませんかね。