リヴァイバル与太話

古いハードディスクを整理していたら昔の与太話の入ったホルダーを見つけてしまい、気が付けば結構な時間を読み返しで使っていました。その中、手前味噌ながら面白かった与太を一つ。

多少修正、加筆あり。

年代は不明。内容から推測すると12年前の話です。時代錯誤はご勘弁。

 

買います!

 

オリンピックも終わってしまった。おかげさまでこの2週間は結構楽しめました。そんなアスリートたちの勝負を見ているともう少し大きな画面が・・・!と感じてしまった。そこで遅ればせながらTVを買うためにお店に出かけた。しかし、沢山並んでいると一体何を基準にして選んでよいか?判らない。店の人に聞いても中々判らない。というより大体専門用語が理解できないから何を言っているのかも判らない。だから何を聞いてよいのかも判らない?

しょうがないから、値切ってみて「さらに安くなった」のが価値というか判断基準になる?

早い話面倒で品物自体は何でもいいじゃん。ということになってしまう。

つまり、買えない?

 

また、普段の足代わりの乗用車がなくなってしまった。人様に欲しいと言われるとツイツイ売ってしまう。ましてそれで利益などありえないから後々困るのだが「豚もおだてりゃ気に登るタイプ」ですし、大体が趣味みたいなものですから仕方がない。

 

そういいながら次の車を物色しているが中々おもう車が見つからない。自分基準の中でほしい車は何種かあるが、本命というかもっともほしい車は既に生産を中止してから13年もたって中古しかない。たまに良いのがあって人気らしくびっくり価格状態であるが欲しい物は欲しい。出物があればと探しています。このような商品、つまり車やバイクのなかで「個性」「他にない何か」というか「性能」を持っている場合は「最初から比べる物がない」となるから悩むことなどなく問題は予算だけである。

 

それ以外となると先のTVもそうだが自分は「物を買えない」人間である。

というのは「知らないもの」もそうだが「自分がわからない物」、例え必要であっても「自分では価値判断つかない物」は「ほしい物」に限らず「買えない」と、言う意味です。

どうしようか?と悩むと100%買えない。そして後でまたほしいと悩むタイプです。だからといって他人任せにも中々できないのですが。相手から見たらいやな客でわがままともいえます。また、精神的にも貧乏なのでしょう。

 

そんな話をしていると、「結構同じという方」が多いみたいである。それは知らない物、事などに価値を見出せない。というか判らない部分かもしれません。だから他人の動向で決め事が最近は多い。

 

高い商品は売っているお店というか、人を信頼できると購入は可能だが反面、安すぎる?と感じてしまうのも「買えない」場合もある。

あのGT-Rである。

あの性能なら明らかに安すぎで世界水準から外れています。

一方でレクサスISFである。

あのBBSホィールだけを見てもGT-Rとの差というか違いは明らかであり、やはりレクサスは良いものをおごっているなと質&価値の差を感じ、悪く言うならGT-Rは安くするための手抜きとおもう人もいるかもしれない。

余談

実はバリバリの日産ファンですのでレクサスは乗っては見たいが購入はない。というか対象にない。だから比べるまでもなくGT-Rです。

 

また、買うタイミングに達していないのか合わないのか?という部分もありますよね。

例えばオークションです。オークションの場合は決断というかタイミングを強制されています。自分で決められない部分をうまくコントロールされている。つまり、限定と同じように興味がある人の購入マインドというか心理をつかんでいます。また、ある程度値段も関係なくなりますからタイミングというのは大事ですね。

 

思えば20数年前までなら、町の電気屋のお兄さんが週に一回位顔を出していました。また、父親などは3~5年くらい経ったら馴染みの車屋さんが当たり前のようにやってきて車を買っていました。

そのセールスさんとのやり取りがとても楽しそうだったのを覚えています。

成長過程であった古きよき日本だったときはたぶん、「何か買う」という行為は既に決まっていて食料品はあの店、衣料品はこの店、電気製品はあの人に電話、車も選ぶのはグレードくらいで車種まで自分で選ぶことなどなかった。スーツは「テーラー○○」とか正月といった特別な行事の買い物は二条市場のどこといった記憶があります。

国自体が右肩上がりで物を較べる暇などない時代でもあったとおもいますが、お互いにどこかでつながっているから信頼し、助け合いが前提で「値切る」という行為をお互いに楽しんでいるようでした。その中には今の時代の「買ってやった」とか「高いからあの店から買わない」「安くしたら買ってやる」という上から目線はお互いになかったように感じます。

 

人のつながりの希薄な今は買えない、選べなくて良いのかも。

それはまともなアドヴァイス&信頼できるお店、人がいなくなったからとも言えますし、またプロじゃないから責任を全て購入者にゆだねているようなお店が多いような気がします。

例えば。

安いから、仕方がない。ネットだから仕方がない。当たり前とは言え、クレームを言いたい人は新品を買え。と、安さが全てを許せるとは思えないが、いかがであろうか?つい最近、安さを求めた結果中国製の事件があった。安さを求めるから食品偽装。安くする、安く売る為に限度を超えて出来ない事をしておかしくなった。安くして儲かる、儲からないは消費者にとって関係ない。売った以上は責任が発生する。

 

口を開けば「安く」とか「高い」しか言わない消費者にも責任も問題もあるであろう。また、そのお店から買ってもいないのに「自分はお客さん」と勘違いしている人もおおい。価値基準、情勢くらい知ったほうが良い。

 

本気でほしいなら、徹底的に聞いて納得して「買います」「買うが予算がチョット足りないからこの位にならない?」と。値切るのではなく、購入のための商談です。

反面、買う気もないのに値切るのは良くないことです。売る側も本気で買ってくれるなら「値引きというか商談、相談にも応じてくれます」。

それが売る側つまりプロの心意気といえるでしょう。