tmという世界

忙しさにかまけて与太話をさぼっておりました。楽しみにされていた方々には申し訳ありませんでした。そこで最初の話はいつものtm節を一節。

 

96年モデルから数えて25機種目にあたる2020tm。

96以来tmに対する評価はいつの時代もレーシー、パワフルと言う評価が普遍的と言うか一貫してtmに対する評価でした。

順当な評価だと思いますが。少々、我々の想いとはニュアンスは少々違うようです。

また、2020モデルもそういう意味ではtm新時代の象徴であり、そのレーサーっぷりは一段と進化したと言えます。

それは当たり前ですね。

tm racing 社という社名の会社の製品ですから。そう、レーサー以外は製作していないのです。

だから、ただ単に速いとか、パワーがある。他社と比べて何割もパワーがあるって話をされてもちっともうれしくありません。だってそれがtmにとっての当たり前であり、標準だから誉め言葉とはおもえないのです。

 

また、レーサーでもない車両と比較されて言われるのであれば迷惑ともいえます。

tmは何度も言いますが「一切の改造、変更なしに世界の頂点である世界選手権を戦い、勝てるマシン」なのです。

改造ありき、改造オプション満載の“レーサーもどき”とは設計自体から違う。

 

ジャ、レーサーって?

速い!って、いうのがレーサーです。速くなければレーサーとは言いません。

でもエンジンにいくらパワーがあっても駄目。速さはシャーシも良くなければ実現できない。

そう、エンジン・パワーに見合ったフレームであり、サスペンションであり、ブレーキシステムを兼ね備えていなければレーサーとしては落第。

それらのバランスも大事でTOTALでの操縦安定性、トラクション等であり、そしてラップ・タイムで初めて評価できるかと思います。

 

また、じゃエンジンもシャーシもそしてラップ・タイムが従来型より早ければ最新レーサーとして評価できるなら良いのか?

タイムが速ければ、勝てるならレーサーとしては成功。

例えその速さは一部のライダーしか享受できない。他のライダーは乗りにくいとしても、そのライダーが勝てるなら大成功。何故なら勝者は一人ですから。

 

ま、個性、オリジナリティーとも言えます。

 

でも一方で「乗り易さ」と、いう最もバイクの評価に使われる形容詞があります。

この「乗り易さ」と言う評価と言うのが曲者中の曲者!

それは乗り手の能力、技量、経験値で評価は全く変わってくるものだから。また、使用される目的でも同様に評価は変わる。

 

ただ、乗り手が感じた事ですからどのような評価も間違ってはいない。

ただ間違ったというか、勘違いされている評価も多い。

例えばトレールやツーリングバイクを考えている。もしくは、ツーリング・ライダーによるレーサーの評価。

反対にレーサーとして考えてトレールを評価です。

 

現在のレーサーは実に「とっつきやすい」

エレクトリック・スターター(ES)、燃料噴射化(Fi)による始動性、使い勝手の向上から一気にライダーとの距離をなくしてしまいました。

その「とっつきやすさ」が現在の懸案ともいえます。

 

そう、それまでレーサーを全く知らない方でも簡単に操縦することを可能にしています。

だからと言って幾らFiだのESと言ってもまだまだ一般公道走行市販車、トレールとは一緒にはなりません。

なによりレーサーである以上速さを追及していますからトレールの様にスロットルを開いたら命に係わる状況にもなりかねない。

また、Fiでもかぶりますし、一般公道のツーリング使用、連続低速使用などレーサーとしては想定しておりません。ですから余計な、それこそ想定外のトラブルが発生する場合もある。

そう、レーサーですから。

 

また、現在の自動車の高性能ぶりも尋常ではない。

2000cc、300PSの世界。して、その高性能を誰でも享受できる。確かに公道走行車両ですから当たり前ですがそれにしても誰でも乗れる乗り易さ、速さ、使い勝手など自動車の進化は素晴らしい。恥ずかしながら雑誌の言葉を引用させていただくが、もはや高性能は速さだけを意味しない。感性をくすぐる気持ちよさをも持っています。

 

例えばtm Enduroの未知のオフロードを安全に、速く、確実に走破するという単一目的に開発されたマシンです。その為に高度に製作されたマシンだけが持つことを許される面白さ、楽しさは何物にも代えがたい。

それがtmの持つ不変の価値であり、世界。して、tmに対する評価は速さやパワーではなく愉しさなのです。