今昔物語

長いお休みを頂きまして失礼しました。体調不良ですが、たまった仕事を順次消化中です。

メール等には必ず返信いたしますので今しばらくお時間をお願いいたします。

 

世の中というのは不思議な物で“良い物だから売れる”と、は限らない。

同様に“なんでこれが売れる?”と、首をかしげる物が売れていたりします。

また、高くとも売れるが、安いと売れない!物もある。

また、新しいから良いとも言えない。そう、古いから味わいがある物もあって新しい物以上の価値を見出せる物もある。

ま、人の価値観は十人十色と、言います。つまり人それぞれです。でも古い物というか古くて新しい物が密かに売れているという。

 

例えば、今はスマホが音楽プレイヤーの代わりという方が大多数でしょう。

反面、面倒、良い音を望むなら知識も必要、価格も高価なレコード・プレイヤー(以下RP)というアナログが現在見直されています。

それは先日、出かけた家電量販店のオーディオ売り場でも確認できました。

へー、って感じる程の種類のRPが、それに伴ってカートリッジの展示も数が多く、また目立つ場所に展示されていた。

 

ただ、試していないが経験から数万円のRPに良い音を望むべくもなく“レコード=良い音”と、言うほど単純では無い。

そう、昔からRPというのは価格によって音の良し悪しがはっきりしていました。

早い話、高価な物の方が良い場合が多かった。

しかし、家電量販店で10種類を超えるRPが展示してあるというのはそれなりの需要があるのでしょうね。つまり、売れている。

余談

昔というか以前は確かに高価な物の方が良い物が確実に多かったのは事実です。今は安くとも良い物が増えた?って、いうか、今は値段の差ほど音の良し悪しの差は感じないのは事実。

 

また、旧車です。

マニアとも言えない一般の方々にも浸透していると聞いていますが一部自動車もバイクも旧車が人気だ。

ただ、訊くと古い外国車の部品はどうにかなるが、日本車は意外と無いという。

その中、特に30年程経過した2ストロークトレールなど程度が良ければ新車時の価格をはるかに凌駕して取引されているのはちょっと理解できない。だって古くて古い物ですからね。

 

で、古いといいのか?

実用車なら新しい方が絶対良いでしょうが、趣味の車となると話は変わる。

また、レコードですが、きちんとした知識、経験から完璧にセッテングしなければレコードならではの“良い音”は聴けない。

また、RPの他にレコードを聴く為の専用の機材が必要になり、その組み合わせ等でも悩みが尽きない。もっとも、この悩んでいる状態も愉しんでいるのですが。

マニアなら、ターン・テーブルから始まってトーン・アーム、リード線、カートリッジはMCかMMか?また、その中で何が自分の好きな音楽に合う?

もしMCなら昇圧にはアンプ?それともトランスか?また、カートリッジとの相性、さらに聴く音楽のジャンルにてもそれは変わる。

それに加えてスピーカーは?アンプは?最終的には部屋は?電源は?状態になります。ま、キリがないので。

つまり、よほどのお金をかける事の出来るマニアでもなければ到達できない世界でもある。

また、数千万、数億掛けたとしても結局は自己満足で他人様からみたら市販のCDコンポの方が客観的にも音は良い。何て場合も多い。

余談

実際、JVCのウッドコーンスピーカーはよく歌います。今、トランポのスピーカーにと物色しています。場所も取らずに将来的に今のシステム変更の際にはメインでも行けそう。

 

しかし、レコードの雰囲気、セッテングが完璧な状態に至った時の表現力、空気感は筆舌に尽くしがたく快感というか官能の世界ともいえる世界はいまだやはりレコード。

未だにCDや圧縮音源は論外、ハイレゾもレコードには至っていないと思う。(私感)と、自分なんかはレコードに絶対の価値を感じています。(コストはかかりますが)

普段のBGMや車の中はCDでも良いが、月に数時間の音楽による癒しはレコード以外に考えられない。と、いうのが自分の想いです。

余談

実際にはI podやPCのよる未圧縮の音楽ソースであればホボRPに匹敵するかもしれません。ただ、針を落とすという“儀式”から始まる雰囲気は面倒ながらも好き。

良いんです。自己満足で。

 

自動車も、例えばツインチョークキャブを装備した自動車だとただキーを捻る、ボタンを押すだけでなく始動にも儀式も必要だった。加えて完調にするには知識、経験を伴ったメカニックのテクニックが必要になる。

しかし、そんな手間暇を、いやそれを手間暇というならその車に乗る資格はない。それらを含めてその車の魅力となるのですし、レコードと同じくセッテングが決まった時の気持ち良さは今の車にない得難い魅力。

 

乗り味という部分では古い自動車にも価値を見出せる。また、マシンと言われるレーサーとか、エンデュランサーは製作時点の最高峰の価値、味わいには価値を見出せるが古いトレールには自分はどうしても価値はあまり見つけられない。まして新車価格をこえるなど信じられません。

もっとも人の価値観はそれぞれで違う。まさしく十人十色です。

 

現在は情報過多状態。

良いも、悪いも、とにかくあふれているのが情報。ただ、正しいのか?間違っていないのか?はたまた操作されているのか?いないのか?を見極めるのは自分の知識、経験でしかない。

その多くの情報から何が正しいのか?何が自分を導くのか?自分が本当に必要な物、欲しい者、あっている物を見極められる方がとても少ないように思えます。

例えば宗教の様に信じ込む人も多い。

削り出しハブ、もしくは削り出しRスプロケットとそうでない、いかにも安っぽく重いハブやスプロケットと見比べてもその違いを見ようとしない方が多い現実がある。

見ただけで違いが見える物同士だとしてもその価値を認めない人が多いのには正直日本の未来に不安を感じます。