トレール&エンデューロ

思えば山の愉しさに目覚めたのはなんとBS50というブリジストン製の実用車。

今からであれば50年以上前のいわゆる“とっちゃんバイク”。

余談
学生時代バイト先の整備工場の片隅に放置してされていた物でその時点でも多分20年以上は経過していた骨董品。

仕事の合間を見てそれのエンジンを掛かるようにし、昼休みに山に行っていました。
このBS50はあたり前に混合仕様。また、当時はスタンドでも混合ガソリンを売っていました。


余談
しかもノーヘル、スニーカーで!
いくら法的に許されていたとは言っても、また愉しかったが今思えば背筋が寒くなります!

 

やがて社会に出て何気に購入したTS50を皮切りにエルシノア250、SL250とかTS125で遊んでいました。


そんな2本サスバイクしか知らなかった自分ですが、折からのブームから友人も目覚めその彼が購入したDT50の足回りに感動したのも今は昔。

以来、どんどんエスカレートしてDR600、MTX200RそしてDT200R(37F)と国産車を乗り継いだ。


余談
あれから30年以上経過しましたがバイクで野山を駆け抜ける快感というか喜びは色あせない。
しかも、今はtmという市販車最高峰というか本物のレーサーが普段の相棒ですからなんとも幸せでありがたい話。

 

話を戻すと当時、トレールバイクで山を走って常に感じていたのが“物足りなさ”。
一方でモトクロスバイクも持っていたのでそのパワーと走破性を知っていますから余計トレールじゃいくら山の中とはいっても物足りなくて当然である。
して現実コース走行より、変化に富み冒険チックな山の中の方が好きでした。

ですからナンバーは必然なので余計、高性能なトレールが欲しかった。


余談
正直いってKDXとかXRとかのいわゆる逆車等、全く違う世界だと思っており、見た事もないために何が良いのか?価値が有るのか?というか興味もなかった。

 

そんな状況ですからせっせとオイルポンプを外して混合にしたりリードバルブを変更したりポートやヘッドを削る。なんてパワーUPと言われる部分は当たり前に行った。


一寸でもパワーが上がったりするとうれしくなりますが、当然不満はエンジンにとどまらず足回りにも改造という馬鹿な世界に突入した。

無謀にもスプリングに下駄をかましたり、フォークオイルの粘度を上げたり(これはマー正解でしたね)、最後にはMXのサスを組み込んだりしたが“物足りなさ”を解消するには至らなかった。(当たり前)

そんな折にDT200にて出場したのが日本で最初の本格エンデューロ競技と言えるITDE。
そこで出会った。と、言いますか、ブチ抜かれた外車に魅せられて翌年の1985年以来“エンデューロマシン”となった。

いわゆる外車です。

その本格的エンデューロマシンに乗って驚いたのはとにかく“腕の差じゃなくバイクの差”と言えるほどの違い。


そりゃそうでしょう。
トレールバイクとエンデューロ競技用のレーサーと比べるのですから違って当たり前。
まして価格差は当時トレールの3倍。

って、いうか、比べてはいけない物を比べて“外車の優位性”を語っていたのですから思えば随分ずれた話をしていました。

 

そして1996年からtmに乗ってそれまでの外車に対して“何ですかこの違いは?”と、再びカルチャーショックを受けたのは今となっても記憶に新しい。

 

その山好きには最高のエンデューロマシンが今はいつの間にかトレール化?に向かっているようです。
例えば昔のトレールと同じ分離給油などです。

と、いうとレーサーからデチューンされているように感じます。


また、そういうマシンのキャブ口径が小さい。つまり、パワーも低いという事です。

もしくは分離給油の為の必然の変更というか、パワーを出しては持たない。環境問題に対応できない。と、言う部分からの手当てかもしれない。


つまり、トレール化という“デチューン”になっていないか。

低いパワーに加えてオイルポンプ駆動ロス、構造複雑化、重量増。

つまりレーサーとは真逆に間違いないのですから。

 

また、マシンにパワーが無い場合、まして分離であれば速いライダーは壊す場合も想定される。
その証拠に“純レーサー”機種が準備。また、純正チューンナップパーツも準備される。

 

見た目は従来同様のエンデューロマシンですが少々お安い。
でも、乗ると”物足りない”からまたチューンとか部品交換。

結果的に高い買い物になるのであればなんか排気ガス規制と同じで画餅状態になる。
最もエンジンパワーがマイルドなどは“乗り易い”という評価になるのでしょうからあながち悪い話にはならない。


そう誰でも乗り易い事は素晴らしい優位、価値につながります。

特に本物のレーサーを知らない方々には。

そう・・・。
つまり、本物がなくなってくるのでは?という部分につながる懸念を感じる。


パワーフルで速いエンデューロマシンだからきっちりした車体、高度なサスペンションとブレーキも必然的に装備されていました。
それがエンジン同様に乗り易いという言葉に変えられデチューンが施されているなら“本末転倒”というか、レーサーを購入する意味を失います。

 

パワーもあって安全性が高いフレームとサスペンションそしてブレーキが今尚理想と思うならやはりtmって唯一無比の存在です。

 

確かに分離もセルも素晴らしい。
是非tmにも装備していただきたい。と、願っていますが、でもその為にエンデューロマシン、レーサーとして失うモノが有るなら?それが安全にかかわる物だとしたら?そう思うとまだまだ今のtmが一番です。