初夢

明けましておめでとうございます。本年度も宜しくお願い申し上げます。

 

さてタイトルの初夢にふさわしいか?は、別にして3日の朝、自分が現役でレースを楽しんでいた時代の夢をみて目覚めました。

しかも、随分はっきりした夢で数日経過した今尚、鮮明に思い出せ、また頭から離れません。

 

それは・・・。

昔話しても仕方ありませんが、過去があって今があり未来につながりますのでご容赦ください。

1984年11月24~25日の日本で初めての”国際2 days Enduro”(ITDE)が苫小牧近郊(ウトナイ湖周辺の原野)にて開催された。
それまで小さな耐久レースやモトクロスには時折参加したが、2日間で約500㎞のレースなど初めての経験でした。
もっともそれまで後にも先にもITDEのような本格的ヨーロピアンスタイルのエンデューロ、まして2日間のイベント等なかった訳ですから私に限らず、トシさん以外の参加者は同じ経験だったでしょう。

 

そのITDE、長距離エンデューロから受けたカルチャーショックにて今の自分、つまり、サンディーライダーからバイクショップに、して輸入元となった訳ですが、このエンデューロが自分の人生そのものの始まりと言って過言ではありません。

 

それまでモトクロスバイクとトレールバイクにて時にはコース、山道(林道)を探索に出かけてそれなりに“オフロード”を満喫しておりましたが、いつも不平というか不満が有りました。

 

それはトレールマシンから見たらモトクロスマシンはとても“ファン”であり“刺激的”です。(当時の愛車はYZ125  KX80)
普段はトレール(TS125 SL250、エルシノアMT250、TS50、MTX200、DT200、DR600)ですから、純レーサーであるモトクロスマシンから見たらいくら林道でも何から何まで物足りない。

して自分はやっぱり冒険チックな山を走破する方が好きだが、モトクロスマシンはいくら田舎の山道だとしても走行はできません。


ですからトレールバイクの物足りなさから気持ちの中にはいつも不満が渦巻いていました。

もっと山を楽しめるマシンはないのか?と、常日頃感じていました。


そんな折ITDEにて必死でギャップを走る自分(DT200)の脇をKTM125が信じられない速度差にて抜かれたのが外車に乗り換えるきかっけになりました。

 

翌年KTM250を入手してDTとの違いに舌を巻きましたが、考えてみたら純エンデューロレーサーとトレールですから違って当たり前。
ましてDT乗り出し34万に対してKTM250の乗り出し130万ですから(1985年当時)。

 

でも何より覚えているのが納車になるまでの時間。

また、納車されてから走るまでのワクワク時間。(北海道は4月、5月まで山に入れません)
そう、その待っている間、乗れない期間マシンを眺めてみる夢というか、このマシンで山々を走っている自分の姿を想像するのが本当にうれしくも愉しかった。

 

tmも同じく、走っていなくともそこに佇むだけも、走る姿を想像するだけで夢を見せてくれるって、とっても素敵ですよね。


きっと今、17tmをご予約された方も同じ思い、夢をご覧いただいているでしょう。
ご安心ください。tmはその夢を正に正夢としてくれます。

 

そんな夢を、当時の夢を3日の朝に見たのです。

 

さて実際、その性能、乗り味は更に素晴らしくて魅了されました。
それまでの山道がまるで違った世界、未知の領域になりました。

それが愉しくなり更に山奥にとなり、次のレースは?と、なってきました。


また、1984年のITDE以来、翌年には洞爺ビックラン、当麻町でも2daysエンデューロが開催されるようになり、ITDEを含めると北海道だけでも年に3つもの2daysエンデューロがありました。

さらに各地で“one day Enduro”も開催されるようになり、80年代、90年代は正に日本のエンデューロのバブル期というか繁栄期と、言えたでしょう。


大げさではなく毎週どこかでエンデューロという時代でもあった。加えてコースでのサーキットエンデューロもそれなりに愉しいレースばかりだった。

画像は津別マウンテンエンデューロ第一回大会のスタート直前と表彰式。

 

思えば当時とても、とても愉しかった!
その時はありがたみも感じませんでしたが、今思えばとても濃密であり贅沢な幸せな時間を過ごせていました。

 

コースの愉しさというか、印象としてone dayはナカトンが一番。

そして津別もそれに並び、興部もハイスピードでしたが面白かった。

 

2daysエンデューロは開催季節の冷たさから雰囲気、空気感でなんとなく格式をも感じたのがITDE。

ただコースはデザイナーがトライアルライダーだった為か、川から1mを超えるステア―ケースが当たり前と、とにかく難所、つまり渋滞も多く走破自体が難しかった。

今の簡単と言われるコースとはずいぶん違って難易度はとても高くそれが人気にもなったと思います。

 

洞爺ビックランのコースの面白さと難しさのバランスは今思い返してみると最高でした!
当麻のレースの走行距離はとても長く、結果ハイスピードが持ち味となってITDEや洞爺とは全く違う趣でラリーチックでした。


もっともコースの面白さ、難易度は人によって違いますが洞爺ビックランは第二回、第三回(最終)と二回参加しいずれのコース状況は良く覚えているのはそれだけ私にとって愉しかったのでしょう。

 

また、1988と89年には南米開催の“インカラリー”にも出場。

オフロード、エンデューロにはまって30有余年、そしてtmに出会い20数年、今に至っている訳です。


こんな昔の夢を見るなんて、しかもはっきり覚えているなんて何かの“お告げ?”なのかもしれません。

今年は初心に戻り、オフロード業界の為、自分しかできない事を始めましょう。と、そんな目標を持てる初夢でした。

 

PS 沢山のお年賀を頂きましてありがとうございました。

その中に“縁起物復活”のご要望が少なからず有りました。


弊社はショップさんのような商品在庫もありませんが、来週中に些少ですが縁起物としてHPより発売する事にしました。
ご期待にそえるよう古い年式のtm純正部品も一部用意します。また、消耗品もありますのでご利用ください。


また、ご購入者から3名の方に“tmオリジナルレースポスター”を二枚セットでプレゼントいたしますのでよろしくお願いいたします。