30周年

tm社とビジネスを始めて20機種目が15モデルと昨年紹介させていただいたが、フット気が付けば自分が脱サラからバイクショックを営んで今年の7月でもう30年になります。

1984年の第一回ITDEでエンデューロに出会い、以来外車エンデューロバイクの虜となってから2年後の86年7月に自宅横のガレージを改造してショップを始めてから30年とは、月日の流れとは何とも早い物です。


余談
88年に現在の場所に土地、建物を銀行からお金を借りて建てたが、考えてみたら本当にバブルである。

今なら絶対できないし、銀行でもお金なんぞ貸してはくれないでしょう。

 

その30年間の時の流れは公私ともに大きな変化に満ちていました。
ビジネス上では勿論、普通のバイクショップが輸入元になったのを筆頭に、海外進出まで出来ました。

仕事の流れからと言いながら海外ラリーにも参加できたし、親友と言えるような友人もこの30年間の間に出来た。


もっとも30年と言う月日は生まれた子供が成長、その子供が生まれる。程の時間ですから何も無い方がおかしい。


ただ、一つの事を、ましてバイク業界と言う不安定+利益の無いビジネスを30年継続できたのは自分でも驚いているのが正直なところ。

まして、雪国北海道ですから。

 

その間、最も大きな変化はバブルからでしょう空前のバイクブームでした。

当時、日本国内において400万台の需要だったそうな!


確かにスーパーマーケットでもスクーターを販売していました。

 

また、この近郊と言うなら夕張から万字方面に抜けるワインディング・ロードには毎週日曜日には多分1000台を超えるロードバイクが峠を攻めていました。


結局、毎週の様に怪我人続出がありました。

それを見に来るギャラリーの多さにもいまでは想像すらできない位の人また人であった。


さらにサーキット走行も結構流行っており倶知安サーキットには近辺の人も随分通っていましたし、TZでレースを行っているユーザーも当時はお客さんでいました。
ちなみになんと当時(店名ガレーヂ・ワークス)はヤマハさんのRSS店でした。


余談
まるで二輪版イニシャルDの有様。


夕張の林道を探検していた際、林道から出てきた際の道路が正にその場所でした。

カラフルなマシン+つなぎ+長い髪のおネイサンも沢山のギャラリーの中、泥で汚れたマシンと、ウェアーの自分が場違いに感じたのを良く覚えています。

 

こんな昔話をしても仕方ありませんが、30年という時間の流れは“すべてを変える、なくす、新しい何かが生まれる、常識が変わる”に十分すぎる時間なのもまた事実であり、その中で良かった時代のまま過ごせるのはとても幸せな事でしょう。

 

その時間の流れの中、ついに弊社も変貌を遂げなければならない時期にやってきたようです。
それは数年前から肌感覚では感じては来ましたが、実際にどのように変貌させるのか?具体的に何も決まってはいませんでした。

また、変える。と、言う意識もあまり実感しておりませんでしたが近郊での直接ユーザーさんの減少から仕事の内容が整備の多かったバイクショップから販売主体のお店、卸問屋みたいな方向となって来ています。

 

何を言いたいのか?
早い話、営業時間、営業日時を変更しよう。と、いう物です。
どの様にするかは判りませんが土、日曜を営業して月、火曜を定休日に。


また、営業時間をお昼PM0:00からPM07:00にしようか?と、いう物です。

 

現在は殆ど電話より、メールですから時間は関係ない。
また、ネット社会故にネット環境があればどこにいても発送以外の仕事が出来る。


現実、平日の日中90%以上の確率でお客様の来社はない。


ただ、仕事が終了する夕方以降はそうでもない。
土、日曜は平日よりはるかに日中の来客が多い。

また、山に行く機会も多い。

更に別に週休3日でもいいんじゃね?


と、それくらい環境が変わってきています。

ただ、問題は、その自由な時間どうやって過ごす?
結局、なにもすることないから“仕事”するか!と、なりそうな気もしますが、なまった体に為にも午前中はトレーニングの計画を立てている2016の始めです。

 

もし、ご意見があればお知らせください。

 

30周年記念ですか?
実は近しいお客さんに集まって頂いてパーティーをしたいのですが、近しいユーザーさんが近くにお住まいとも限りません。


如何しましょうか?