チャンス

年初めの挨拶を兼ねてあちこちに連絡していたら“まだバイクに乗っているの?”と、何人かに言われた。
仕事が仕事ですから“バイクに乗る”等は自分にとっては“当たり前”の事過ぎて質問の意味が良く判らなかったが、どうやら皆さん年齢的にバイクに乗れない体になっているようです。

確かに乗らないで過ごしているとあっという間に乗れない体になります。

 

余談
乗れない=思うようには“乗れない”という意味と、良いほうに解釈しています。

 

確かにここ数年は山を走るのは減ってきた。
昔の話をしても仕方がないが毎週末には山に行く、バイクで遊ぶ時間が沢山あった時代、毎日でも走りたいという想い今は昔状態。


ただ、自由に思うように走りたいという気持ちが年々強くなってきている。
自由気ままに走れないなら山に行かなくともバイクに乗らなくともいいかな?って感じ。


余談
ジジイはどんどん我儘になっていくものです。

それは昨年250FIのシェイクダウンで走った余りの愉しさに自分自身気が付いた部分でもある。


新車がやってきたのは試乗会が近い日程の為に“慣らし”と言う部分もそうですがマシンの特徴を自分自身が知らなければなりません。


つまり、走り込みが必要になりますので当然走りに行きます。
当然というか、当たり前の様に好きな、しかもなれたコースに向かいます。

するとそれは仕事ながらめちゃ、めちゃ愉しい。
余談
コースとバイクのマッチングというか、マシンの出来にも関わるかもしれない。

とにかく250FIでのタイトなウッズ、アップダウンが続くワインディングを走るその意のまま感+挙動はFUCKING FUN状態と言うか、あまりの愉しさに燃料が無くなるまで走ってしまいそうな愉しさに満ちている。

 

また、マシンとの対話も必要ですからそれが出来るまで、また、機械的に当たりが出るというか、成長する、確認できるまで毎日というか、数日継続して走ります。

ですから、そんな自分が愉しいコースに出向くのですが、自分は愉しいが人様は愉しいか?また、何往復も付き合ってくれるか?
と、だから人様を誘うか?と、言うなら正直気兼ねとか、遠慮も出てきます。

ですから一人が良いな。と、言う部分です。

勿論、気の合った仲間と走るのもそれはそれで愉しいから良いのですが、じゃそんな気の合う連中と日程時間が毎回合いませんよ。

 

しかしそんな中、体力の落ち込みはかなり深刻。
何か、昨日できたことが明日は出来るか?心配に成るほど急速に体が動かない。

固いのを日々自覚するようになった。

実はそれも有って一人が良いというか、人様に迷惑を掛けたくない。のも事実である

 

それと趣味のオーディオもそう。
これも年齢と共に縮小していきます。
理由は“セッテング”とか“機械の入れ替え”時に感じる体力の落ち込み+加齢に伴う“耳の劣化”。

 

例えば今、レコードプレーヤーを探していますが、中々思うような物が見つからない。

現在使用している物も40年以上経過していますのでいつ壊れるのか?状態+少々動作が不安定。


だからといって欲しいと思う物は数十万~100万以上もするので今更新しい物も買えないと、言うか先の理由からしかもいつまでオーディオを愉しめるか?と、思うと踏ん切りがつかない。


また、購入したとしてセッテング、好みの音になるまで調教の必要ですし、それをする時間が果たしてあるか?
そして、昔のアナログの機械は重く、プレーヤーとて15~20kg以上の重さがある。

 また、精密機器ですからセッテング時の取り扱いも結構シビア。

 

また、スピーカーである。
会社のそれでも25km位ですが自宅のは60kgを優に超えケーブル交換と言う単純なセッテングでも移動するのが大変な労力が必要です。


つまり、意外に思われるでしょうがオーディオって筋力、体力が必要な趣味。

加えて先にも述べた耳の劣化があっていつまでも愉しめない趣味でもある。

 

つまり、愉しむにも限りがある事に最近気が付いたのです。


バイクに乗る事も、他の趣味に没頭するのも年齢を重ねると体力的、感覚的な衰えを切ないけど意識しなければなりません。


50代前半位までなら全く意識になかったが、ここ数年は嫌でも衰えを感じてしまいます。

 

もう、悩んでいる暇はないのです。
やりたい事、今ならまだ出来る。

その為に欲しい物を手に入れるチャンス。


しかし、その大事なチャンスはとても大事、それを生かすのもあなた次第です。