今、ダカールラリーのゴールが近いですが期間中日本人選手、チームのリザルト、コメント等がFB等のSNSでも連日配信されています。
私も恥ずかしながら国際ラリー経験者故にラリーと言われると砂漠の風景を思い出し血が騒ぐというか、また走りたいな~という想いがふつふつと湧きます。
また、ダカールは自分が参加したと同じ南米でのラリーロケーション的にすごく近くとても懐かしく、また、まるで昨日の様に感じながらディリーハイライトを連日チェックしています。
そんな日々の中、今、2T125でダカールに参加しているライダーの話をFBで見つけた。
すると自身現役でエンデューロだ。ラリーだと騒いでいる20年以上前のパリ・ダカラールに同じく2T125 のエンデューロマシンにて参加しているライダーがいたことを思い出しました。
当然2Tしかも125ですから単純に“125で大丈夫、走り切れるの?”と、言う素朴な疑問というか、マジですか?と、当時感じたものです。
また、そのマシンにはスペアーエンジン搭載という物珍しさもあってか?当時の雑誌等にも紹介されていました。
高い負荷というかストレスが長時間に渡り機関、車体に掛かるのがラリー。
つまり、エンジンには高速性能の為のトルク&出力と信頼性、耐久性を要求されますから今も昔も主流にて使用されるマシンは殆どが4T。
ですから現在は450が上限ですが過去には4気筒1000ccなんてマシンもあった。
その中、先の125エンデューロエンジンはモトクロスマシン並みのチューニングレベルだとしてもラリーでの使用前提なら戦闘力と言うかパワーもトルクも足りない。
しかもチューニングレベルが高い故にマメなメンテが必要で10000km以上に渡って初期の性能を維持するなどオーバーホールなしには現実に不可能。
また、レース中故に頻繁なOH等不可能でしょう。
その過去のパリ・ダカールに参加していた2T125のマシンには通常タンクの位置にスペアーエンジンが搭載されていた。
どうしてまたスペアーエンジン?との問いの答えは“壊れるから”との事ですから、余計壊れるのが判って居る排気量のエンジンを使用するのが理解できない。
加えて125ならスペアーエンジンがあっても砂漠を10000km以上レースにて走破するのは限りなく難しいのは最初から判っている。と、思うが。
ワークスの様に毎日、もしくは数日毎にエンジンを交換できるなら判らなくもないが、そこまでして125をラリーに使用する意味が判りません。大体いくら頑張っても125であれば勝てないどころか完走すら難しい。
高い位置に重いエンジンを置くと重心位置が高くなる。
当然操縦安定性がとても悪くなる。
加えて125のメリットである軽さもなくなる。
しかも走行する場所は砂漠。
悪くいうなら完走など最初から出来ないのが判って居て参加しているのか?と、言う話になります。加えて壊れるのが判って居るにも拘わらず。
ただ、すべて含めて愉しみ&冒険と言うなら“成るほど!ごめんなさい”です。
また、思えば“壊れる”のが判って居るから用意、準備するのがヨーロピアンの考え方なのかもしれません。
私が89年に参加したインカラリーに同じく参加していたシリヌ・ヌブーという当時ラリー界のトップライダーのマシンが日本製2T250のモトクロスマシンを改造したラリーマシンでした。
先の125同様に“持つのかな?”と、思っていたらやはり3日ごとにエンジンを載せ替えていました。まるでタイヤ交換するのと同じ感覚です。
如何して?
と、聞いた私に帰ってきた答えは“すぐ壊れるから”と、まるで判っているような事を、当たり前の事を聞くなとでも言った感じ言い方で答えてくれた。
さて、良く“日本の常識は世界の非常識”と、言う言葉を日本と世界との間の違いを例えるのに使います。
この部分も正にそうでしょう。
壊れるから、あらかじめ準備する。
が、ヨーロピアンの考え方なら壊れないようにきちんとした物を作る。壊れる物を使わない。
のが、日本的考えでしょうか?
余談
89年にとあるファクトリーを訪ねた際、日本では何かエンジンに問題はあるか?
と、聞かれたのでクランクケースカバーとパワーバルブコントロールカバーの繋ぎ目からオイルが漏れるから対策して。と、いった所、オイルが入っているから漏れる。だから大丈夫。
が、現場技術者の言葉だった。
全く、オイオイ!状態でしたが常識、文化の違いの壁は大きい。
しかし、かつてヨーロッパ製マシンにはヨーロッパ製の部品によって構成されていました。
それら多くの部品がブランドとなって日本のマニアの間では垂涎の的で二輪、四輪に限らず使用している部品ブランドにてマシンの価値が更に高まる位でした。
例えばブレンボですとかオーリンス、マルゾッキetc。未だに世界の一流ブランドとして君臨しているのも多数あります。
反面、歴史あるヨーロピアンマシンと言えど今や使用率が限りなく100%と言える日本製の部品があります。
それは電装系。
理由は壊れない。加えて性能が安定している。
つまり、耐久性、信頼性が高い。
時間の経過ではその限りではありませんがレース期間という短期の使用、数月以内に壊れる物などはヨーロッパ製から切り替わってきたこの20数年以来経験上皆無です。
しかし、それ以前のヨーロピアンマシンの主流であったSEMですとかモトプラット製点火システムは同じく経験上壊れるのが100%と、まるで壊れる事が保証されている様でした。
だって、間違いなく壊れるのですから。
と、いうか、大げさに言うと“いつ壊れる?”と、言う心配が付いて回っていた。
特にモトプラットなど1年は使えても2年以上使えた記憶がありません。
時には新品から壊れていた物もあって大混乱した記憶もあります。
SEMはモトプラットよりは信頼性は高かったのですが、いずれにしても必ずと言って良いくらいに機能しなくなりました。
注:当時の主流だったヨーロッパ製エンデューロマシンが北海道にて起こった実体験。
で、考えてみてください。山の中でいきなり点火システムが壊れたらと。
例えば焼き付き、機関損傷など人間の意識である程度予防できますが、点火システムが機能しなくなる。
壊れる等は乗り手がいくら注意していてもどうにもできません。
レースを無駄にするのもそうですが、状況によっては命にかかわる事態になる。
余談
思い出せば昔の国産プラグも信頼性と言う部分は相当低かった。
例えばヘッドにプラグホールが2個あるバイクも多々ありました。つまり、すぐカブル為にスペアープラグを予めヘッドに装着する為でした。
結果、レースによって機械、部品が進化してきたのも事実ですね。
加えて余談
大昔、所有していたエルシノア250にもスペアープラグが装着できるプラグホールがあり使った記憶はありませんが必ずプラグは2本つけていた。
現在は想定した使用期間、内容では限りなく100%壊れない物を作れる。
と、言って過言ではありません。その為にも定期的な手当てもそうだがチェック機構が充実してきています。
また、転倒から損傷、結果走行できなくなる外装部品。
例えばバイクの場合、ハンドルが折れて走行不能という確率の方が、レース中はるかに高いと思うがスペアーハンドルなんて誰も持って走っていない。
ですから今のマシンに同じ部品がスペアー装備などと言うのはその部品クオリティーが相当低いのでしょう。
もしクオリティーが低いならスペアーが2個であろうが3個であろうが意味はありません。
それどころか元のクオリティーが低いのですから壊れる確率も増えます。
つまり、スペアーが付いているからとユーザーをごまかしているに過ぎない。
消耗するタイヤとかモービルのドライブベルトとは同じ基準で機関構成部品を語ってはダメでしょう。
ま、何でも絶対はありませんがクオリティー、信頼性の問題です。